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2016
 
帽子界の伝説、平田暁夫
 
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帽子界の伝説、平田暁夫

「アキオ・ヒラタは、芸術家たちが絵画や彫刻に人生を捧げるように、自らの人生を帽子に捧げた」ーーあるフランス人ジャーナリストが表現したように、平田暁夫は、帽子を身につける芸術品へと昇華させた。

1925年、日本アルプスに囲まれた村に生まれた平田暁夫は、幼少期より手先の器用さとアーティスティックな才能を発揮した。それを見抜いた教師の勧めで、14歳の時に銀座の高級帽子店においてキャリアを積み始める。1955年には、「アトリエ・ヒラタ」を設立し、洋服とのバランスを重視した独自の帽子を追求していく。

1961年のFEC(ファッション・エディターズ・クラブ)賞受賞をきっかけに、1962年から3年間、パリに滞在。オートモードの巨匠、ジャン・バルテ氏の元で働きながら、顧客ひとりひとりに合わせ、究極の美意識と技術をもって帽子を仕上げるオートモードの神髄を習得する。
バルテ氏のアトリエでは、“スパットリー(型の元になるもの)の神様”、“チップ(型)の天才”などと称され、自らの才能をあますところなく発揮した。

1965年、東京オリンピックの翌年に帰国すると、東京の表参道に「オートモード・ヒラタ」を設立し、次々と革新的な帽子を発表。1970年代以降には、イッセイミヤケやヨウジヤマモト、コムデギャルソンなどの日本ブランドがパリコレクションに進出して世界的な注目を集めるが、それらのブランドの帽子も手がけて、モードの完成度を飛躍的に高めることに成功した。
顧客には、日本はもちろん、海外の皇族やセレブリティー、ファッション通が名を連ねている。

また、1971年には「オートモードの貴重な技術を継承する人を育てたい」という強い想いを抱き、「平田暁夫帽子教室」を主宰。2000年までの30年間で、3000人以上もの生徒たちを育てた。

帰国30周年と自らの70歳の誕生日を迎えた記念の年となった1995年、パリのホテル・ブリストルで開いた個展は大きな話題を呼んだ。モード界の重鎮やジャーナリストたちは、彼を“ル・メートル”と絶賛し、そこで展示された作品の一部はルーヴルを初めとする美術館に永久保存されている。

2014年3月、89歳で逝去。5月に開かれた「笑顔で送る会」には、各界から1000人を超える錚々たる人々が参列し、別れを惜しんだ。そこには、異例なことに、彼が作った帽子をお召しになった美智子皇后陛下の姿もあった。

表彰歴

1961年 第5回FRC賞 2011年 第29回毎日ファッション大賞 大賞
1991年 毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞 2011年 文化庁長官表彰受賞
1999年 第7回桑沢特別賞 2013年 第5回「ものづくり大賞」内閣総理大臣賞
2001年 第44回FEC20世紀総括特別賞    

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